2024[副作用/負債]

去年は本当に散々な年だった。病気、副作用。いや、病気より副作用のほうが大きいか。兎に角、薬の恐ろしさというのを経験した年だった。そして意味のない負債を抱える。

とりあえず想起したことを記しておく。

7月:カラスに襲われる

この頃から祖父が弱り始め月一で訪れるようになった。そして駐車場に車を止め降りたところカラスに襲われた。ちょうど後ろが森林でその付近にカラスが巣を作っていたみたいでとんだ災難だった。

幸いなことにカラスからの受傷はなく、避けた際に転倒したかすり傷程度で済んでよかった。あと車にひかれなくてよかった。

8月:健康診断で体重が10キロ落ちていることを知る

自分の体の異変に気付いたのが健康診断で体重が10キロも落ちていることを知った。高校ぐらいから体重の変動がまったくなかったものだから(増えたことはあったが)、去年から10キロも落ちたのはちょっと驚いた。

今思えば危険信号だったのだろうが特に気にせずいつも通りの生活を続けた。

9月:駅のホームで倒れる

その日は朝早くから予定があり、睡眠時間が3時間ぐらいしか取れなかった。そんな状態で予定を済ませ、腹も減ったので近くのラーメン店で食事を済ませた。かなり食べたと思う。

そして満員電車の中、立ちながら揺られていたら異変は起きた。だんだん視界が白くなり、立っていられない状態だったので電車から降りたところでそのままパタリ。

幸いなことにホームには転落せず、パン屋で買った紙袋が頭の衝撃を抑えてくれた。そして近くにいたお姉さんが助けてくれた。駅員は助けてくれなかったが。

私の腕をつかみ駅のベンチまで運んでもらった。そのお姉さんは私の状態を確認し問題なさそうだったので自販機で水を購入し私に渡しその場から離れていった。

視界もぼんやりした状態だったので顔も覚えてなく、なんとお礼を申し上げたらよいか言葉もありません。

8月:祖父の死

先月ぐらいに祖父が転び容態が急変。介護状態になる。入院したのだが、その看護師たちの扱いが気に入らなかったらしく早くも退院。在宅介護を希望したらしい。肺に水がたまる状態だったのでできれば施設にいたほうがよかったのだが在宅介護を選んだ。

当然長くはなかった。

死が迫ると呼吸が浅くなり意識のない状態?が続いた。人の死が迫る瞬間を始めてみた。とても辛そうだった。呼吸をするのがやっとの状態で当然喋ることもできない。何か伝えたいときは筆談。

そんな状態で私が訪れた時、起き上がろうとし私に何かを語りかけた。喋れる状態ではなかったので、その時は何と言っているのか聞き取れなかったがおそらく「ありがとう」と言っていたのだろう。

そしてその翌日叔父は亡くなった。

悲しかった。何が悲しいかって祖父が亡くなったのにも関わらず感情が無に近い自分が悲しかった。あれだけ小さい頃お世話になったし自分の家族より過ごす時間が多かった気がするのに涙一つでない私。

私の感情はどこへ逝ってしまったのだろうか。

10月:副作用で危うくなる

片頭痛持ちなので昔はよくバファリンやクイックイブを服用していた。久々に服用したところ異変が起きた。めまい、動機といった副作用が起きた。駅で倒れた時以上の危うい感じがして叔父の死と重なる。

すぐさま119に電話し始めて救急車に乗った。ただ、私の住む場所の救急救命士、看護師レベルが低いのか、症状や過程を説明してもすべてコロナ扱いにされた。搬送先で一休みしたら落ち着いたので良かったが、なんというか住む場所って大事だなと思った。

またこれも副作用の話。鼻炎持ちなので酷い時は病院に行く。その時は行きつけではなく別の病院で診察してもらい薬をもらった。それが危ういものとは知らずに。

医者選び、病に対しての知識。無知は恐ろしい。

11月~:パソコンが見れない日々が続く

現在の仕事上埃っぽいところなのでアレルギー性結膜炎を患った。合併してドライアイでもあるので充血がひどく、明るい場所が苦痛だった。ヘッドライトも眩しく感じたしパソコンの光もNGだった。

そのためブログ更新もできずで最悪な状態だった。ネットワークから離れるのがこれほど苦痛だとは思わなかった。

2025年

体重も+4キロぐらいだが増えてはいる。このまま増えてくれるといいのだが。今はとにかく食べることにしよう。

それに3月頃には新しい職場に転職することになっているのでようやくこの生活から離れることができる。良いスタートを切れると良いのだが。

それに近々ブログのテーマも変更していると思し、この【Notes】も始めていると思う。別に大したあれじゃないけど個人日記に近いものかな。Xみたいな独り言がこのNotesに蓄積されていく感じ。

それでは。